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坪谷邦生氏と「自己理解・相互理解を深める」第一回
「自分を知り、相手を知り、生かしあうこと」
が 個と組織を強くする
個人が自分の性格特性を理解する、職場のメンバー同士がお互いの性格特性を理解しあうことができれば、
互いの強みを生かし弱点を補うチームビルディングにつながっていく。
「自己理解・相互理解」は個人・組織が成果を出していく上で重要なテーマである一方で、人が自分自身を理解する、他者を理解することは簡単ではない、とお感じの方も多いのではないでしょうか。本連載では、『図解 人材マネジメント入門』『図解 組織開発入門』『図解 目標管理入門』(いずれもディスカヴァー・トゥエンティワン)の著者である坪谷邦生氏と、自己理解・相互理解の意味や深める際のポイント、自己理解ツールとしての適性検査SPIの活用イメージ、適性検査SPIの開発背景や品質へのこだわり、について、全四回でお伝えしていきます。
「性格」を知ることで、見えてくるものが変わる
最初に、「自己理解・相互理解」に関心を持ったきっかけや理由について教えてください。
坪谷邦生氏(以下、坪谷):きっかけは、ユング心理学の「性格(タイプ)」という考え方に出会い、それまでずっと抱えてきた悩みが溶けるように消えたことです。
私は小学生のころから、自分がクラスの仲間たちと何かが「違う」と感じてきました。多くの友達が楽しそうなことでも、自分はなぜか楽しいと思えない。どうしても自分は「ズレ」てしまう。いつものことでしたので慣れてはいたのですが、表面上は笑顔で合わせながらも、内心は孤独を感じていました。そして自分は何かを間違っているのではないか、と悩んでいました。
高校生になり、母の本棚にあった河合隼雄氏(ユング派の心理学者)の本の中で「性格(タイプ)」に出会いました。そこには人間には様々なタイプがあり、それぞれ異なっていると書かれていました。自分に当てはまるタイプの特徴についての記述を読み、感動しました。「たしかにそのとおりだ」と深く腹に落ちたのです。そして、そのタイプの出現率は、世の中では非常に低いことを知り「そうだったのか、どうりで」と納得もしました。これまで自分が感じていた「違和感」は正しかったのだ、と。さらに自分と同じタイプの人が、少数ながらも世の中には存在することを知りました。例えばドストエフスキーや太宰治がそのタイプです。
自分のタイプを深く知ることで、これまでの謎が解き明かされていくような興奮を覚えました。そして「あなたはそのままでいい」というメッセージを、河合隼雄とユングから受け取ったよう感じました。強く「肯定」された感覚です。
その時から、自分と周りに「ズレ」を感じる瞬間を、フラットにとらえられるようになったのではないかと思います。「ああ、これはタイプが異なるからだな」と。相手のタイプは何だろうと、他者のタイプに興味を持つようになったのもこのころからです。
「自身の性格を知る、相手の性格を知りたいと思う」という感覚は、人事になる前からお持ちだったということですね。
坪谷:はい。お話ししたとおり「性格」に対する関心は、子供のころから強かったのです。
人事担当者になってからは、実務においても非常に重要だと考えるようになりました。例えば私の所属していた100名の企業では創業社長との距離が非常に近かったため、社長と性格が合う人を採用したほうが適応しやすいという実態がありました。ある意味で、もっとも重要な採用基準です。また、チーム編成においても、リーダーとサブリーダーの性格の組み合わせによってマネジメントの効果が大きく変わると実感していました。
ただ当初は「合わない人は採用すべきではない」、「合わない人同士は離した方がいい」という固定的で短絡的な判断が多かったように思います。経験を積む中で、「合わない人同士もやり方によっては可能性がある」「組み合わせ方によっては相乗効果が狙える」と柔軟で可能性を模索する考え方に徐々に変わっていきました。
変わったきっかけについても、教えていただけますでしょうか。
坪谷:私は32歳でリクルートマネジメントソリューションズに入社して人事コンサルタントとなったのですが、初めてクライアントへ提案を行うときに、どうにも性格の合わない同僚のOさんとタッグを組むことになりました。
クライアントへの提案資料を作成しているとき、私は「研ぎ澄ましたメッセージを、A3用紙1枚にまとめてピンポイントに要点を伝え提案すべきだ」と考えました。一方、Oさんは「いや、A4用紙100枚の提案書を作ろう。言葉を尽くした緻密な資料で丁寧に説明すべきだ」と言うのです。そのような真逆の主張が延々と続き、いつまでも折り合わず、お互いに「なぜわからないんだ」と頭を抱え、苛立ちが募っていきました。
その様子を見ていた先輩コンサルタントが「君たちは真逆のタイプ、シャドウ(影)だ」とフィードバックをしてくれました。『心理学的経営』(大沢武志著)という書籍を開いて、丁寧にシャドウの組み合わせを説明してくれたのでした。シャドウの関係はうまくいかないときには弱みを攻撃しあって最悪の結果に終わるが、うまくお互いの強みを活かし合うことができたら最強のタッグになれる、と。
その説明は的を射ていると私は感じました。これまでお互いがすれ違っていた理由がよく理解できたため、「お互いの良さを生かす」ことに挑戦してみようと思えました。Oさんの良さを最大に生かす、そう思って取り組むと、仕事がグイグイと前に進むようになりました。
いよいよ提案当日、私はA3用紙1枚でメッセージを端的にプレゼンしました。そしてクライアントからの質問にはすかさずOさんがA4 100枚の冊子の必要なページを開いて、背景や説明を補足したのです。その結果、無事に初の提案は成功し、大型受注となったのでした。あれから15年以上経ち、それぞれ別の道を進んでいますが、今でもOさんは大切なことを相談しあうことができる「我がシャドウ」です。
これが私の「違いを排除するのではなく、お互いの良さを組み合わせると、最強のタッグになる」という感覚を持つことができた、相互理解の経験です。また『心理学的経営』はそれから私のバイブルとなり、人事としての考え方のベースとなっています。
その経験を経て、どんな変化がありましたか?
坪谷:誰かと自分の性格が合わないときに「チャンスだ」と思えるようになりました。そして、自分にも相手にも優しくなったのではないかと感じます。
例えば相手の仕事の進め方が自分と違うと感じた瞬間に、「相手が正しい。自分が間違っていた」と落ち込んでしまうことも、「相手のやり方が間違っている」と否定的に捉えて非難したくなることもあるでしょう。しかしタイプの違いを理解できていると、「自分とは違う考え方や視点を持ってくれているからこその別の意見だ」とフラットに受け止めることができます。そして素直に「ありがたい」と思えるようになるのです。
そういった形で、「自分を知り、相手を知り、お互いを生かしあうこと」は仕事を進めるうえで非常に重要だと思います。誰が正しいか正しくないか、という判断軸ではなく、それぞれの強みや良さを認め生かしたいと思えるようになると、仕事を前に進めやすくなりますし、仕事の質が上がっていきます。
逆に、「どちらかだけが正しい」「どちらかに合わせないといけない」という前提に立つと、自分自身の良さを生かせない、相手の良さを生かせない、結果的に仕事の幅が狭まってしまう、ということになりかねません。
重要なのは「自覚」です。例えば、私は抽象的な理想を考えることが得意なのですが、具体的に現実をとらえることはあまり得意ではありません。そう自覚しているので、出来るだけ具体的なデータを用意する、現実を把握するのが得意な仲間に助けを求め資料をチェックしてもらうなど、事前の準備を行うようにしています。特性を自覚していれば、自分を生かすために工夫することができるのですね。
「自覚」は痛みを伴うため簡単なことではありませんが、とても大切な一歩だと思います。
施策を企画する起点は、人事担当者の自己理解
ここまでで働く個人にとっての「自己理解・相互理解」の意味合いについてお聴きしてきましたが、人事にとっての大切さについては、どのようにお感じですか?
坪谷:組織とは「組んで織りなす」と書きます。複数の人が、共通の目的に向かって「組み」、役割分担して「織りなす」ことで組織になるわけです。
組織が組織として成り立つためには、「目的が共有されていること」、「適切な人がバスに乗っている(組織に所属している)こと」、「自分と仲間の強みを自覚し生かしあうこと」の3点が必要だと私は考えています。
この3点目がまさに、これまでお話してきた「自己理解・相互理解」です。ピーター・ドラッカーは、組織とは「強みを生かし、弱みを補い合う」ための機関だと説いていますが、自己理解・相互理解はその前提条件なのです。
具体的な人事テーマを一つあげると、採用活動はまさに、相手の情報が少ない状態の中で相手を深く理解することが求められる、「自己理解・相互理解」が問われる場面だと思います。
少し経験談をお話すると、私がリクルートマネジメントソリューションズを受けたとき、採用面接をしてくれたマネジャーは「坪谷さんは理想主義的なところがありますね。弊社の仕事はまさに企業・人事の理想を描き、そこと現実の間をつなぐことなので、持ち味が直接生きるのではないでしょうか」と言われました。その理解の深さに驚くとともに、実際に自分が入社したあと働くイメージを持つことができました。
こういったやりとりを採用時から行えるようになると、採用面接の場面において応募者の自己理解と企業理解が進み、そして同時に企業側からの応募者への理解が進み、入社後のギャップを軽減できる、よりWin-winな場になることでしょう。
次に、組織開発という人事テーマにおいても「自己理解・相互理解」は直接的に影響しています。例えば私はよく組織内メンバー全員で「自分史グラフ」を語り合う、というワークを行います。
出典:坪谷邦生『図解目標管理入門』より
過去のキャリアの履歴やそこでの喜怒哀楽をグラフにして、相手の背景やそこにあるストーリーを知ることで、思い入れを持って応援できる、支えあう関係ができる、という効果を狙っているのです。人間は、仲間がその人らしく活躍することが嬉しい、という欲求を持っています。その人がその人らしさを生かして頑張っている姿は感動を生み、応援したくなるのです。
相互理解によって組織全体を底上げすること、それ自体が組織開発(関係性アプローチ)そのものだと言って良いかと思います。
人事がよい自己理解・相互理解を自社の中で促進にしていくためには、何が重要になりますでしょうか?
坪谷:まずは人事という機能を担う人、これは人事担当者、現場のマネジャー(管理職)、経営者も含まれますが、「その人自身」が、自分を理解しようとすること。そしてその「自己理解」の効能を実感することが起点になると私は考えています。一人称である「私」からスタートするのです。すべては主観から始まります。
そして次に、目の前にいる一人の仲間(二人称「あなた」)に関心を移します。採用担当者にとっての二人称とは、求職者、採用した社員、そして受け入れる現場のマネジャーなど、直接的に対面する相手のことです。自分と相手についての理解が深まることで、より良い関係性ができ、より良い仕事が作られていく。お互いの主観の間に生じる相互主観を育むのです。その実感を人事が持てることが、様々な人事施策を企画していく上でのベースになると思います。逆に、その実感なく理屈だけで打った人事施策は必ず形骸化の道を辿ります。
最後に一人称・二人称のリアリティを持っている状態で、三人称である「組織」に目を移します。たとえば HRデータの活用です。いきなりデータだけを見ても何も見えてきませんが、自分を含めた組織に属する一人ひとりを深く理解しようとしている方がサーベイやアセスメントデータを手にすると、力強い武器になると思います。データの先にある個々人や組織の状態が解像度高く見えてくるからです。
まずは「一人称(私)」への理解が最初にあり、次に「二人称(あなた)」に関心が向いていく。そのリアリティを持って「三人称(組織)」に向き合う。1、2、3の順番が重要なのです。逆だと血が通わずうまくいかない。それが私の持論です。
自己理解を深めるポイントはツール・人の力を借りること
まずは起点となる自己理解、ということになりますが、自身についての理解を深めることは簡単なテーマではないと思います。進めていく際のポイントはありますか?
坪谷:「楽しむ」ことだと思います。
自己理解は、「やらねばならない」と義務感で取り組むとあまりうまくいかないようです。人間は、元来自分を知るのが「面白い」ものです。例えば「占い」は現代でも大人気ですよね。「あたってる!」というあの感覚を思い出してください。私自身もそうでしたが、「なんで自分はこうなんだろう」と長年思っていたことに対して解が見出されることは、そして前に進むための道筋が照らされることは、とても感動的で面白いものです。
そして「自分は自分で良い」と前向きな気持ちになれると思います。「人生が生きやすくなる」自己肯定感を増す効果が、自己理解にはあるのですね。
拙著『図解目標管理入門』では、自分の強みを知る方法を3つ紹介しています。まずは自分なりに自己診断ツールをもとに内省をしてみる、次に仲間からフィードバックをもらいにいって見えていない自分に気づく、最後に目標結果を分析する。後ろに行くほど客観性が増しますが、難易度も増します。
出典:坪谷邦生『図解目標管理入門』より
コツは一人で進めようとせず、人の力をうまく借りることです。自分自身で見えている自分の姿は一面的で限定的です。人から見た自分をフィードバックしてもらうことで、自分についての理解が深まっていきます。そしてフィードバックはお互いが自己理解・相互理解を同時に深める場になります。相手について真剣に考えていくことは、自分自身を見つめることにつながっているためです。
組織において、仕事仲間からのフィードバックは非常に貴重であり、自己理解を深めるうえでとても有効です。仕事を一緒に取り組む中だからこそ見るものがあります。
しかし、何のきっかけもツールもない状態で有用なフィードバックを伝え、受け止めることは容易ではありません。そのため、フィードバックを進める際には、適性検査の結果や目標の結果といったデータを2人の間に置くことをおすすめします。イメージがすり合わせやすくなり、感情的な誤解も減らすことができます。このように中間物を使うことによって客観性を高めることを「外在化効果」と言います。
適性検査SPIを中間物として使った自己理解・相互理解のセッションをアカツキ社で行いましたので、その様子をこの連載の2回目でご紹介したいと思います。
適性検査SPIについては、採用ツールというイメージがある方も多いかと思います。
図解目標管理入門では自己診断ツールとして取り上げていただいていますが、その背景についてもお聴きできますでしょうか?
坪谷:面白くも困難な「自己理解・相互理解」という旅路には、可能な限り質の高い道具を持っていくべきです。信頼できないツールを使用してしまうと理解が歪み、不必要な誤解が生じてしまいます。私が人事として活用してきた経験からは、SPIは中間物として使い勝手が良いと感じてきました。SPIは仕事、組織という局面においてその人の特性を理解する上で、とても精度が高いためです。
近年は類似サービスも頻出しているため、経験の浅い人事の方はどれを選ぶべきかわからない状況となっているようです。そして歴史を重ねてきたSPIはUI/UX面、見た目・操作性の点において、改善の余地がありそうです。その点で敬遠されてしまうとしたら勿体ないですし、事業としても認識があるかと思いますので、ぜひ改善いただきたいと考えています。
ですがSPIは仕事における人物理解のパイオニア。内実を見てほしいのです。60年間日本中の企業の人材データを蓄積し、精度高く磨き続けてきたツールであり、アカデミックな確かさと企業人事での活用のしやすさを両立させた稀有なサービスです。このあたりは連載の3回目以降でご紹介したいと思います。
ここまで記事を読んでくれた人事・マネジャー・経営者のみなさまには、まずは自分自身がSPIを受けてみることをおすすめします。結果を見て「あたってる!」という面白さを実感していただきたいと思います。
また、既にお使いの人事のみなさまには、SPIを中間物とした自己理解・相互理解のセッションをご自身のチームなど信頼できる仲間数名で実施することをおすすめします。自分一人では捉えられなかった特性が、仲間からのフィードバックによって、そして仲間の特性と比較することによって、驚きとともに見えてくるはずです。