お役立ちコラム

人的資本経営と人事アセスメント

2024年07月25日
  • 人事アセスメントのナレッジ

人的資本経営に関する取り組みについて会話させていただく中で、お客様から「指標の設定と開示については進めているが、人的資本自体の質を高めるための人事施策にはつなげられていない」という声を伺うことがあります。人的資本経営とは、自社の事業・人事戦略を踏まえて人材の能力を高め、企業価値の向上につなげて行くことであり、設定する指標は人的資本の状態や課題を可視化するためのものですが、何から手を付ければよいか、と悩まれている方も多いのではないでしょうか。

本コラムでは、その第一歩として、形のない「人的資本」がどのような観点でとらえられるのか、どんな手法で可視化できるのか、について考え方を整理しお伝えしたいと思います。

人的資本経営とは

ここ数年、国際標準化機構(ISO)によるISO30414「人的資本に関する情報開示ガイドライン」の発表や、金融庁の「『企業内容等の開示に関する内閣府令』等の改正案の公表について」によって、上場企業約4,000社に対して20233月期の有価証券報告書から、人的資本投資に関する「戦略」と「指標及び目標」の開示が求められるようになったことなどにより、「人的資本経営」に注目が集まっています。

経済産業省は、これを「人材を「資本」としてとらえ、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」と定義していますが、人材が価値の源泉であり、その向上が企業の成長に不可欠であることには、どの視点からも異論がないと思われます。

人的資本経営を実効のあるものとするためには、人的資本の状態の可視化(定量的な把握)と人材の発揮能力を高めるための施策が必要です。開示する項目の例として挙げられる、人材への投資額や女性管理職の比率、研修への参加率、従業員満足度や平均勤続年数などは、企業の取り組み姿勢や注力しているポイントを表すという意味で重要な指標ですが、人的資本の質、水準自体や変化を可視化するわけではありません。もともと人間の能力やそれが成果を生み出す過程は複雑で、数値化することは非常に難しく、さらに環境や経験の影響を受けて変化して行くものでもあります。そのため実際に人的資本を向上させるためには、手間はかかっても、全体の状況だけでなく一人ひとりの特徴や状態を明らかにして、それぞれに合った適切な働きかけをすることが必要です。では、どのような方法で人的資本の状態をとらえればよいのでしょうか。

 

どのように人的資本の状態をとらえればよいか?

当社では、個人の能力構造や成果を生み出す過程、そこに影響を与える要素を図1のように整理し、「成果創出モデル」と呼んでいます。

 

1
成果創出モデル


【成果創出モデルの考え方】

・企業人の職務行動や職場行動は、「パーソナリティ」に含まれるさまざまな要素が複雑に関係し合って生み出されています。「資質」は個人の基本的な特性でモデル全体に影響しますが、それだけで行動や成果が決定されるわけではありません。(例えば、志向や仕事観に合った環境に置かれた人は、取り組み姿勢が主体的になり資質が生かされて高い成果を上げるが、優れた資質を有していても、適性や考え方に合致しない環境、マネジメントの下では十分に力が発揮されない)

・担当する仕事、上司や周囲とのかかわりなどの置かれた環境に対する認知が「心の状態」を規定し、行動を左右します。(例えば、同じようなパーソナリティを持っていたとしても、気持ちが前向きで生き生きしている人とさまざまな要因で悶々としている人では、行動や生み出される成果は大きく異なる)

・どの要素も直接間接に生み出される成果に影響していますが、モデルの上層ほど変化しやすい傾向があります。(例えば、資質は短期間では大きく変わらないが、志向・仕事観などの考え方や態度,行動は、ポジションや期待される役割によって変わる可能性がある)

このように、人の能力の獲得や発揮には多くの要素が関係しているため、一つの指標だけで人的資本の状態を的確にとらえたり、改善のためのポイントを明らかにしたりすることは困難で、可視化しようとする対象ごとに、それぞれに適した手法でアプローチする必要があります。

 

可視化対象ごとに適したアプローチ手法とは?

【評価手法の例】

モデルを構成する要素ごとに、それらを可視化する代表的な手法をご紹介します。

  • 行動:

日頃の職務・職場行動を通じて職務遂行能力の発揮状況をとらえます。比較的わかりやすい領域で上司による人事考課が一般的ですが、主観的な評価になりやすく相性の良し悪しなども影響するため、対象者をよく知る複数の観察者(同僚、上司、部下、仕事の関係者など)による、共通の評価項目を用いた360°評価を実施することが望ましいと言えます。実施にある程度の負荷はかかりますが、結果の客観性が高まることが先行研究で確認されており、本人による自己評価との比較からも重要な示唆が得られます。本人の意思や周囲の働きかけによって変化するため、継続的にデータを収集するとよいでしょう。

  • 心の状態:

何も問題がないように見えても本人は悩みを抱えている、といったケースも多く、内面の周囲からは見えにくい領域であるため、本人が自身の状況についてどのように感じているかを問う質問を通じて、一人ひとりの心理状態を明らかにする専用のサーベイを用いることが必要です。また、その時の状態に影響している要因についても合わせて調べられると、実施後の対応を検討する上で有用です。置かれた環境やコンディションによって変化するため、継続的にデータを収集するとよいでしょう。

  • 知識・スキル:

保有している公的な資格の等級などで表せる場合はそれらの情報を用いることができますが、企業や担当業務による個別性が高い領域であるため、必要に応じて専用のテストを作成したり、口頭試問や人事考課、360°評価などを通じて把握します。

  • 姿勢・態度:

積極性、責任感、協調性などの仕事や人に対する基本的な向き合い方で、一般には行動評価と同様上司による人事考課で評価されますが、客観性や納得感を高めるためには、複数の観察者による360°評価を実施することが望ましいと言えます。これも、継続的にデータを収集して状況や変化をとらえるとよいでしょう。

  • 志向・欲求、仕事観・組織観:

志向・欲求は、働く上で重視することや実現したいこと、仕事観・組織観は、仕事や組織、働くことに関する考え方ですが、これらは日頃の行動に直接表れるものではないため、専用のサーベイを実施する必要があります。比較的安定した傾向ですが、人事異動や昇進・昇格などで大きく環境が変わると変化することがあるため、定期的にデータを収集するとよいでしょう。

  • 資質:

性格特性や知的能力を測定対象とする、信頼性(誤差の少なさや結果の安定性)と妥当性(結果の利用目的に対する有用性)が確認された適性検査を実施します。安定的な特性のため、頻繁にデータを収集する必要はありませんが、人事情報として利用する場合は、3~5年程度の間隔で更新するとよいでしょう。

 

人的資本の状態を可視化すること

いずれも形のない人の特徴や能力をとらえようとするもので、回答バイアスや測定誤差の影響を受けることもあって完全な手法とは言えませんが、これらを利用することで人的資本の状況の一端を可視化することができます。また、業績や人事評価等との関係を分析することで、部署や職務による適応のしやすさの違いを明らかにできる可能性もあります。短期間では変わりにくい資質や、一般的な良し悪しのない志向・欲求、仕事観・組織観以外については、定期的に情報を取得して変化を見ることにも意味があります。これらの評価結果は、個々人の特徴や現状を客観的にとらえて、上司と部下のコミュニケーションの円滑化や人材育成に役立てられるだけでなく、企業全体や部署単位などで集計することで、組織としての人的資本の状態を開示する際の情報として利用できる可能性もあるでしょう。

人的資本の開示は投資家への情報提供に主眼が置かれている施策ですが、それにとどまらず、実際に人材の質を向上させるための情報として収集したアセスメントデータを活用することが重要です。

 

<参考>
【コラム】多様性の時代における志向・仕事観の重要性(後編) >>こちら

 当社が提供しているアセスメントサーベイ
■360度評価システム 「MOA」 >>詳細はこちら
■従業員向け適性検査「SPI for Employees」 >>詳細はこちら
■現場1on1支援ツール「INSIDES(インサイズ)」 >>詳細はこちら


  執筆
   株式会社リクルートマネジメントソリューションズ
   HRアセスメントソリューション統括部 測定技術グループ研究員
   福田 隆郎